![]() |
![]() |
「ちょっと、ウォルラス! こんなとこで寝ないで!」 聞きなれた声に、わしの意識は現実に引き戻された。目の前では、食事の用意が進んでいる。見慣れた風景、見慣れた顔。我が家だ。 「寝とらんよ、ちょっと昔のことを思い出しておったんじゃ」 「それを寝てたっていうんだぜ。まあそろそろ気にする年でもないし、いいんじゃないか?」 「馬鹿にするんじゃない。まだまだお前たちにゃ……」 「うわぁ、おいしそう! もうお腹ペコペコだよ!」 「ちょっと、ちゃんと席に着いて!」 屈託のない会話に、わしの反論は掻き消されてしまった。やれやれ、やんちゃ坊主どもめ。 「そう言えば、ひとり、姿が見えんな」 「ああ、また見回りに行くって言ってたわ。そろそろ帰ってくると思うんだけど……」 「もう待ちきれないよ、先に食べちゃ駄目かい?」 「うーん、本当は全員一緒がいいんだけど……しょうがないわね。もう、どこ行っちゃったのかしら、我らが団長殿は!」 「やったあ! いただきまあす!」 団長、か。 わしはまた少し記憶を遡ってみた。あやつの相棒として戦った歳月のこと。あやつに請われて、共に自前の部隊を結成した時のこと、この街にやって来た日のこと、そして……初めて身寄りのない子らを引き取った日のこと。なんと目まぐるしく充実した日々だったことか! あれから、あやつの刺青はまた少し増えた。増やさずに済めばよかったが、いかな手練といえど、戦いとは常にままならぬもの。せめて少なく済んだと思いたい。 何年も共に戦場に立ち、多くを学んだ。わしはあの後も、何度となくあやつに救われた。一度などは、不死の身にさえ痕が残る、重い傷を負わせてしまった。その都度、わしはあやつの教えを胸の奥に刻み直した。 “大事なのは間合い、そして退かぬ心” この年までかかって、わしはどうやら、ようやくそれを学び仰せたらしい。 |
|
しかし、わしは死ぬ。年尽きてか、戦いの中でかは分からんが、それは間違いない。いずれ記憶の中の存在に過ぎなくなる日がやって来る。 |
![]() |
| 扉の音がした。 「あ、やっと帰ってきた。遅いよぉ!」 「悪い、先いただいてるぜ」 「もう、どこまで行ってたの? 料理温め直すから、ちょっと待っててよね!」 口々に出迎えとは少々ずれた、しかし情のこもった言葉を口にする。わしは目を開いて戸口を見た。 いつか見た光景が脳裏に甦った。遠い記憶と寸分違わぬ顔と瞳。月夜に映える白い肌。すべてがあの時のまま、記念碑さながらにそこにあった。ただ少しだけ照れたように笑みを浮かべていた。それはかつてはそこになかったものだ。 わしは静かに微笑んだ。このくらいなら気付かれんだろう。年寄りは威厳を保っとかなきゃならんからな。 努めて平静を装いながら、わしは言った。 「おかえり、ブラッド」 |
![]() |
絵:氏縄 勝之 . 磯 桂子 文:奥田 孝明 PRODUCED BY NAMCO LTD. (C)2003 NAMCO LTD. ALL RIGHTS RESERVED |