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| かり、かり、かり。乾いた音がする。うんざりするほど聞き覚えのある音。かり、かり、かり。 細い石や金属の切っ先が石の表面を削る音。そして子供のひそひそ声―― 「いい加減にせんか、このガキども!!」 怒鳴ったところで効き目はない。先刻承知よ。なぜってやつらにゃ、わしの声は聞こえんのだからな。人間にわしの声が聞こえたためしはない。 それでも言わずにゃおれんものよ。誰だっていたずらをされれば怒るじゃろ? まして目の前、自分の足元でとなればなおさらじゃ。 そんなわしの怒りなぞお構いなし。子供たちは存分に目的を達成して走り去った。やれやれ。 「まったく、やつらときたら! まるで敬意を学ぶということを知らんと思わんかね」 左右から同意が返ってきた。同じような悩みを抱えた身じゃからな。とはいえ、連中だってわしよりはましなのだ。なにせわしは目立つからな。いたずらの標的になるのも群を抜いて多いんじゃ。 わしは今しがたの子供らのいたずらの戦果を見た。拙い文字が薄く石の表面に記されとった。要するに落書きというやつだがね。 「“もっと外で遊びたい!”か。ふん、これは初めてじゃな」 そうは言っても街の中でなら遊べるじゃろうに。それも他ならぬわしらのお陰でな。それで十分じゃろう? わしはもう一度、自分の体を見下ろした。古いものから先ほどのものまで、数え切れない落書き。だがそれも片側だけの話。反対側、つまり街の外の方はまるで違う。あちこち傷があるのは一緒でも、それはいたずらなんかのせいじゃない。子供どころか大人の仕業でもない。 魔物じゃ。魔物たちが付けたんじゃ。この傷こそ我が誉れ。我が務めが全うされてきた証。 そうとも。わしがこの街を守ってきたんじゃ。背後の家々とそこに住む子供たち、そして奥の城にまします王様。みんなわしと仲間が守ってきたんじゃ。 このわし、王都の正面玄関、ヴァレイの石造りの大門がな。 |
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人間が山を切り開いて、地の底からわしを切り出した。そして運んで刻み、組み合わせ、門としてここに据えたんじゃ。ずっとずっと昔のこと、まだヴァレイが都になる前のことじゃ。 おかしな連中よ、人間というのは。第一に頭が悪い。とにかく何かひとつ学ぶにもひどく時間がかかる。そのくせやっかいなことに、実に壊れやすい。あっという間にいなくなる。彼ら風に言うと“死んで”しまう。お陰でやっと学んだこともすぐ別の奴がいちからやりなおすことになる、という具合なんじゃ。だから大掛かりなことをするには、何人もの人間が何回も入れ替わりながら取り掛かることになる。 それでも人間のすることで立派なこともある。建築というやつ、つまりわしとかのことじゃがね。造り主と違って実に長持ちなんじゃ。同じ親から作られた子供だというに、人間として作られた子供の方は親と同じで、すぐいなくなってしまう。わしらはずっとずっと変わることがない。 あとは、こればかりはわしには真似できんのだが、人間は動き回ることができる。これはまあ、そうだというだけのこと。別にどうということもない。 目まぐるしく移り変わる人間の世を見下ろしながら、わしはずっとここにおった。時折、魔物が襲ってくることもあったが、大地にかけて一度だって通したことはなかった。別に人間に望まれたからじゃあない。わしは門だから、門としてすべきことをしただけなんじゃ。そしてわしはそれで満足じゃった。 |
| 実を言えば、わしは人間が嫌いじゃなかった。落書きをする子供たちでさえな。連中がわしの下でささやき交わす会話を聞くのは楽しかったし、落書きを読むのは、秘密を覗くようで面白かった。 王都を訪れる者を最初に出迎えるのもわしの仕事だった。見知らぬ土地の匂いを染み付かせた商人たち、宝石や金銀で身を飾った貴族たち、あでやかな笑顔の娘たち。彼らはまるで自分の誇りであるかのようにわしを見上げたものじゃよ。そうとも、わしは彼らが好きだった。 一度だって彼らがわしの声に気付いたことはない。だがそれを不満に感じたことはない。 なぜって、わしは門だからな。 |
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| そんな調子で時が過ぎた。たまに人間たちによって装いを新たにすることはあったが、わしは相変わらずここにいた。街の中ではわしよりずんと小さな家々とそれよりさらに小さな人間たちとがひしめきあっていた。 そんな様子がこれからもずっと続くのだろうと、勝手にそう思っておった。 じゃがどうもそうではなかったらしい。 |
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| ある日のこと、大地が呻くのが聞こえた。風が未だかつて嗅いだことのない気配を運んできた。人間たちも気付いたが、彼らもそれがなんなのか分からないようじゃった。 草原の彼方に黒っぽい筋が現れた。雲だった。じゃが雨雲だとしても、黒すぎた。暗雲はみるみるうちに広がって押し寄せ、王都の空をすっぽり覆ってしもうた。季節外れの雷鳴が轟いた。嫌な予感がした。 やがて暗い空の下を、なにかがやって来るのが見えた。魔物じゃった。それ自体は珍しくもない。ただ数がただごとではなかった。 誓って言うが、わしはあれほどの数の魔物が徒党を組んでいるのを見たことはなかった。連中はいつだってひとりだったんじゃ。 兵士たちの慌しい足音が聞こえてきた。滅多なことでは降ろされない、わしの格子が降ろされた。城門は閉じられたのじゃ。兵士たちはそのまま、わしの周囲や城壁の上に散らばった。 「なにごとじゃろう? 魔物の様子もただごとではない」 だが左右の城壁たちも戸惑うばかりで見当も付かぬという。 長いこと、王都を守ってきたが、この時初めて不安を感じた。なにか、わしらをはるかに超えた力がわしらに向けられている、そんな感じがしたんじゃ。 草原を突き進んでくる魔物たちの姿は、もうはっきり見えるところまできておった。 わしは微動だにせず、しかし身震いした。意味はまったく分からなかったが、ある言葉が浮かんだからじゃ。それはこう言っておった。 災厄の時が来た、と。 |
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